ロシアのプーチン大統領が、ウクライナのことで、日本が制裁を続けるなら、北方領土交渉を中

止するという発言をした。ロシアがクリミア半島の占拠に対しての制裁を行っているのだが、日

本はロシア政府関係者らの20人程度のビザ発給停止という軽いものなのですが。ここで、こ

の北方領土問題に関しての、基礎知識をおさらいしておきましょう。

まず、北方領土とはどこなのか?

北海道の上の部分にある4つの島です。国後島(くなしりとう)、択捉島(えとろふとう)、色丹島(しこたんとう)、歯舞群島(はぼまいぐんとう)のことです。

ここは、1945年に第二次大戦終了後、旧ソ連により、不当占拠されたまま、現在にいたるまで、実効支配されています。

歴史的にはどうなの?

 

earth2a 北方領土問題についての基礎知識

話を昔に戻しますと、第二次世界大戦当時、日本とソ連は日ソ中立条約で、お互いに戦争はせず、中立を守るという約束をしていました

1945年8月9日にソ連は条約を一方的に破棄して、日本軍が駐留していた満州、中国の北東部ですが、そこに侵攻してきました。これは、ソ連はアメリカ、イギリスと千島列島をもらうことなどを条件に対日参戦すると、密約をかわしていたのですね。

日本は8月15日にポツダム宣言を受け入れて、連合国側に降伏します。しかし、その後もソ連は攻撃をやめず、9月2日までに、3島、9月5日に歯舞群島を占領し、当時、そこで暮らしていた1万5000人の日本人を追放しました。

それが、今まで続いているんですね。

北方領土はもともと、江戸幕府と帝政ロシアの間で日本のものである、千島列島はロシアのもの、樺太はどちらのものでもないという日魯通好条約が交わされています。

その後、樺太で日本人とロシア人の間でトラブルが多発したので、樺太千島交換条約が1875年に交わされて、樺太はロシアのもの、千島列島は日本のものになりました。

そして、日露戦争で日本が勝って、ポーツマス条約で、樺太の南半分が日本の領土に加えられたわけです。ここで、日本は北方領土4島、千島列島、樺太南部が日本の領土になったわけです。

終戦後の1951年にサンフランシスコ講和条約を連合国側と結ぶのですが、この条約は日本が占領した土地や植民地を放棄する条約なんですね。そこで、樺太に南半分、千島列島を放棄します。

しかし、北方領土4島は日本固有の領土ですから、放棄していません。

実は、ソ連はこの会議に参加していません。アメリカとの東西冷戦が始まっていたからなんですね。

ですから、平和条約をソ連とは結んでいません。

それで、ソ連との関係はどうなっているかというと、「南樺太と千島列島は放棄しますが、どこの国のものとも認めていません。ソ連と平和条約が結ばれ、北方領土が返還されたら、南樺太と千島列島をソ連の領土として認めます。」となっています。

戦後の流れ

その後は、鳩山一郎のときに色丹島、歯舞群島の2島返還、田中角栄のときに角栄は4島返還、ソ連は2島返還、橋本龍太郎のときに2000年までに平和条約締結、野田佳彦のときにプーチンと何となく解決していきましょうかという雰囲気になりました。

でも、2島先行なのか4島一括なのかなど、なかなか国内での論議も進みません。

ただ、今後、シベリアの石油や天然ガスの開発に日本が協力していくということで、北方領土の問題が解決される可能性がないわけでもないというそんな状況です。

今、問題は漁業の方で大いににありまして、北方領土の周りの排他的経済水域が2国間で違う線引をしていますので、日本の漁船がソ連に拿捕されるわけです。死亡者も出ています。

北方領土には以前そこに住んでいた日本人もいるわけですから、先祖のお墓があったりするわけですが、お墓まいりに行くときは、ロシアではないし、日本でもない、ではビザはどうするのか?特例でビザなしで行けるんですね。これを「ビザなし交流」といいます。